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TAC NEWS「日本のプロフェッショナル」2007年1月号に掲載された記事を一部抜粋して以下にご紹介します。

日本の会計人日本のプロフェッショナルシリーズ
日本の会計人 第265回

日本においてもM&Aは当たり前の経済行為となり、事業拡大や国際競争力を強化するためだけでなく、最近では、上場企業の後継者問題を解決するため、企業防衛をするためにも行われている。それに伴い、M&Aのための企業価値評価業務が広く会計業界に求められるようになってきた。今回は、上場企業又は大企業、グローバル企業向けのM&A関連業務をワンストップでサポートするユナイテッド・パートナーズ会計事務所の代表パートナーの西村善朗氏にコンサルティング業務や事務所の展開について伺った。

M&Aをサポートするブティック型会計事務所

新聞などでも取り上げられているように、M&A件数の大幅な伸びと並行して、監査法人の監査、国税当局の税務調査、金融監督庁・日銀の銀行検査の各種規制も非常に厳格に運用されている・それに伴い、増大するM&Aに関連する会計・税務・評価リスクを総合的にヘッジできる、高いコンサルティング能力を持った会計事務所が求められている。その一角を成し、高度な会計・税務・評価・金融・IT等の技術を必要とするM&Aに果敢に挑戦しているのが、西村善朗氏が率いるユナイテッド・パートナーズ会計事務所(以下、「UP」という)である、クライアントは、金融機関、プライベート・エクイティ・ファンド、その投資先である事業法人、グローバル展開する事業法人、積極的にM&Aを展開する事業会社等である,UPは、監査証明業務を請け負わない。だからこそ、独立系の会計事務所として、監査以外の会計・税務・評価・ITまですべてのコンサルティング業務を一手に引き受けてアドバイスできるのが強みとなっている。事務所の内容に触れる前に、まずは西村氏の歩みから見てみよう。

西村氏は1966年、埼玉県の浦和に生まれた、父親が地方公務員として地方税に携わっていたことが、「独立して食べていける仕事」である会計人を知り、税理士として歩むきっかけとなった。

折しも西村氏が生まれたのは丙午(ひのえうま)。子どもが非常に少ない年だった。会計人となるべく慶應義塾大学商学部に進学した西村氏は、少人数とバブル期という追い風の中で就職活動を迎える。売り手市場の中、慶應義塾大学の学生は上場企業に請われて就職した時代であった「そんな時代に大学生活を過ごし、売り手市場の就職活動を横目で見ながら、まったく異次元の『極めて地味な会計業界』を目指す。この業界に果たして自分が順応できるのか、とても不安でした」と、当時を振り返る。

西村氏は税理士試験に挑戦するべく、大学2年の秋からTACの2年本科生コースに通い始めた。そしてここが西村氏の独創的な部分なのだが、「税理士と会計士は何が違うのだろう」と真剣に考え、1年目に簿財を克服した後に、大学3年の秋からは会計士2年本科生にも申し込み、ダブル受講することにしたのである。

「将来の自分のためにやっておかなければならない勉強だと信じて、税理士の税法科目に加え、会計士の7科目をがむしゃらに勉強していたように記憶しています。正直言って、税務会計と財務会計を一度に勉強すると頭が混乱するので人にはお勧めできませんが。地味なイメージとは違った何かが会計業界にはあるに違いない。それが何か、自分の能力が100%生かせる仕事は何か、生きがいの感じられるのものは何かを模索しながら勉強していたのです」

低燃費での自己実現を見据えた受験勉強

西村氏は一般企業への就職活動も試みている。金融の知識を駆使して様々な仕事ができる金融業界に憧れ、都市銀行の内定まで貰った。実際のところは、当時は迷いが相当あり、慶應を卒業して当時人気の高かった銀行に就職すれば、世間体も保たれると安易に思ったのである。しかし、せっかく始めた資格取得を道半ばで終わらせるのは自分を裏切ることになる。そこで都市銀行の内定は断ったのである。

大学卒業後、受験勉強の傍ら、会計業界がどんな世界かを検証するために、地元(浦和)にある公認会計士事務所でアルバイトも経験している。領収書整理から始まる記帳代行、申告書作成等、その業務は、コンサルティングという言葉が存在しない内容だった。

しかし、その事務所に入ったことが大きな転機となった。事務所にいた太田昭和監査法人出身の若先生が親身になって西村氏の話を聞き、「世の中にはビッグ4と呼ばれる大きな監査法人がある(当時は、ビッグ4といってもメジャーな存在ではなかった)。西村君が目指しているのは、監査でなく、大手監査法人系の税理士事務所で扱うような国際税務コンサルティングではないだろうか。米国では、弁護士業務の中でも人気の高いタックスロイヤー(租税法を専門とする弁護士)がそのような仕事を行っている。」と的確にアドバイスしてくれたのだった。この言葉を聞いてからの西村氏は、目の前の霧が急に晴れたかのように、迷いが取れていった。それまで、勉強してきた内容と実際の業務内容に、大きな隔たりがあり、「理論」と「実務」は全く違うもので、「理論」があるものは「実務」で伸びないとまで言われていたからである。

「燃費よく会計・税務の高度な知識が使える会計事務所が実在すると確信できたので、そこからは少しの迷いもなくやるべきことをやらなければと思うようになりました」

焦点を絞った西村氏は、その後、大学院で数理経済学や租税訴訟法等について学んでいる。これもまた、将来絶対に必要になるという直感が働いたからである。上場会社、金融機関向けの評価業務及び国際・金融・税務コンサルティング業務は、高度な金融知識がないと行うことができない。デリバティブ取引(先物・オプション・スワップ、貸株取引)、DCF、BSM、二項モデル、モンテカルロシュミレーション等の金融工学の知識は、これらの業務の土台となっている。これがUPの国際・金融税務コンサルティング業務及び評価業務に不可欠の要素だったのである。

低燃費での自己実現を見据えた受験勉強

西村氏は、平成5年9月に、太田昭和監査法人の税務部門・太田昭和アーンスト・アンド・ヤング(現新日本アーンストアンドヤング税理士法人、以下「EY」という)に就職する。

大学受験のように、単なるブランディング目的のための受験勉強であれば、もっと近道はいくらでもあっただろう。しかし、西村氏は勉強がゲーム感覚でできたため、勉強することを通じて自分にあった仕事のイメージができた。そしてまさに今の仕事の基礎体力的なところは、この一見無計画にも見れる勉強で培ったものである。

税務コンプライアンス業務中心のEY下積時代

実務の第一歩を踏み出した西村氏は、最初の3年間は、税務コンプライアンス業務が中心であった。税務コンプライアンス業務とは、税務に関する法令遵守業務であり、具体的には、EY内で統一されたワーキング・ペーパー(調書、以下「WP」という)を作成しながら行うブック(記帳代行業務)、ペイロール(給与計算業務)、タックスリターン(法人税の申告、以下「TR」という)である、ビッグ4を経験した人であれば、最終的な成果物であるTRが「従」で、WPが「主」であるということは容易に理解できる。きちんとしたWPを作成するプロセスを覚え、組織的に仕事をすることをたたき込まれたのである。UPの税務コンプライアンス業務においてもその点は今でも徹底している。EYのクライアントは外資系企業が多く、駐在員事務所のような小規模な会社からグローバル展開する大企業、上場企業まで多岐にわたり、すべて画一的なWPを作成しながら税法の知識をフル活用してTRを作成する経験を詰めたことは財産である。

国際税務コンサルティング業務に触れたEY下積時代

コンプライアンス部門にて一通りの経験を積んだ後、4年目からは税務コンサルティング部門に異動。移動後も税務コンプライアンス業務がメインであったが、この頃より、徐々に税務コンサルテfング業務に従事するようになった。「当時を振り返ると、税務コンサルティングの内容が激変し始めてきた頃であった。それ以前は、税務コンサルティングというと、TRを作成する、申告調整する上で解釈に幅があるようなところを、過去の判例等及びEY内に蓄積した実務慣行から詰めるための作業という色彩のものであった。ところが、伝統的な税理{業務の延長でなく、金融ビッグバンの影響を受けて、徐々に流動化・証券化、新しい金融商品の組成、移転価格など、これまでの実務の蓄積のない分野での税務コンサルティング業務が出始めました。

税務コンサルティング部門の2年目には、日本でも銀行が破綻する時代を迎えていました、EYでは、不良債権処理のサポートを会計事務所がサポートするという新ビジネスを開始していました。当時、太田昭和のUSチーム20名が日本の不良債権処理のために来日しました。東京事務所からは10名ほど参加してチーム編成したのですが、ラッキーなことに、私もそのメンバーに入ることができたのです」

それは日本初の不良債権のデューディリジェンス(適正価値評価)プロジェクトであった。そこに参加できたことが、後の西村氏の方向性に大きな影響を及ぼすことになったのである。USの米国人パートナーは、業務の合間に、米国ではどのような税務コンサルティングがあるのかという西村氏の問いに「あなたは前向きで優れた能力もっているから絶対に成功する」といって、自ら書いた論文を手渡してくれたのだった。

「内容は不良債権の流動化について書かれた、恐らく当時の日本では最先端の情報だった。今でこそ当然のように議論されている流動化及び証券化のスキームについての米国実務の解説(まさに日本の近未来)がそこに凝縮されていたのです。これは、私の方向性を決定的にした、第二の出来事です。」

「これは絶対ビジネスになる」西村氏は、直感的にそう感じた。「金融」と「不良債権」と「国際」と「税務」という切り口が新しい国際金融税務コンサル業務となる。

当時を思えば、開国前の江戸幕府のように、流動化・証券化という言葉も馴染みなく、護送船団方式の日本の金融行政の下で、多額の不良債権など存在するはずがないとさえも思われていた。不良債権処理としては貸付金ごと譲渡することなど誰も考えていませんでした。その後、2000年・日本版会計ビッグバンがおこり、経済がクロスボーダー化する中で日本の制度はがらっと変わり、西村氏の予見した通り、いろいろな国際金融取引が出て来たのである。

EYからみずほ銀行へ出向

西村氏の学生時代のひとつの憧れ「金融機関に行きたい」という夢が再び首をもたげたのもこの時だった。

幸いにも、EYからの「出向」という形で銀行経験を積むことができました。当時の業務内容は、金融ビッグバンに伴って、外資系金融機関並みの投資銀行業務、プライベートバンキング業務の機能を整備する過程で生じる新たな税務問題を解決するために、銀行内の税務問題の交通整理役になってもらいたいというものでした。

山一証券の破綻や不良債権問題の中で銀行はもっと収益力を挙げていかなければ生き残れないという危機感があり、新しい銀行業務を模索していたのですね。

そこで行った具体的な業務は、デリバティブを内在した仕組預金の組成、オペレーティングリースの組成に関する税務アドバイス、富裕者向けの国際税務に関する税務問題の論点整理等ですが、何よりも楽しかったのは会計業界以外の金融業界の風に触れることができたことです。学生時代の憧れだった銀行に入ることができたのも貴重な経験となったのは言うまでもない。

KPMGにて本格的国際金融税務コンサルティング業務を経験

EY及び銀行での実務経験をした西村氏は、やっと自分の勉強及び知識を生かせる「燃費のいい仕事」をしていると実感できた。その後、平成11年に、KPMGの金融税務部門に移ることになる。

「KPMGは金融ビジネスではトップ、今満足している実務よりももっと魅力的な世界がある、実務の世界ではどんなに勉強ができてもダメ。クライアントのために制限時間内で必要十分な解決策を分かり易く提示することができるか否かのみが問われる」。上司であった金融部門の代表パートナーからは、KPMGイズム、ビッグ4イズムというものを強く叩き込まれた。

事実として、当時、日本に拠点のある外資系金融機関のトップ50の半数以上はKPMGのクライアントだった。

入所してみると、KPMGでは想像を超えたスケールの仕事に遭遇した。会計ビッグバンで劇的に時代が変わった節目の時、外資系が日本でいろいろなビジネスに乗り出したところだったのである。

西村氏は、KPMGに入社すると、50社近くの銀行、信託銀行・証券会社・投資顧問会社等の金融機関クライアントを担当させられた。

業務内容としては、外資系金融機関の申告業務及び税務調査対応が必修業務であった、それに加えて、M&Aストラクチャー、税務デューディリジェンス、デリバティブ取引、グローバル・トレーディング(金融機関の移転価格問題)、資産(貸付金・不動産)の流動化等の国際金融税務コンサルティング等に奔走していた。

KPMGでは、自分の能力を経常的に磨いていかないと、クライアントのニーズを満たすことができなくなるという恐怖感を強く持った。他方、マネージャー、シニアマネージャーという管理職を4年経験して、クライアント、監査法人、弁護士事務所等の外部の人達と接する時間が多く持てたことに感謝している,仕事の厳しさと面白さを実感できた貴重な経験であった。

余談であるが、KPMG時代の後半は、今では市民権を得ているプライベート・エクイティ・ファンドの業務に従事することが出来たのも会計人として幸運であった。

大金融機関(パブリック・エクイティ)に対する国際金融税務コンサルティングが一巡すると、今度はプライベート・エクイテやファンドが全盛となり、日本はM&Aの時代を迎えることになる。西村氏はまさに常にブームに乗っていると言える。

ブティック型会計事務所UPを設立

西村氏が独立開業に踏み切ったきっかけは、KPMGとアンダーセンの合併だった。

「私は基本的にビジネスに目を向けていたかった。同時期にエンロン事件の影響があり、KPMG内で税務コンサルティング業務が行いにくくなるのではという懸念も多分にあった。」

クライアントのためになる業務を純粋にやっていきたい。

そうした思いから、西村氏は平成15年12月に、UPを設立するに至ったのである。設立にあたり、事業戦略に一つのこだわりを持った。「ビッグ4といわれる監査法人、税理士法人を卒業すると、中堅・中小企業をクライアントとする一国一城型の会計事務所を経営するというのが一般的。しかし、私たちは市場を変えずに、業務リスクをヘッジした上で、ビッグ4の規模を小さくしたブティック型の組織を作りたかった」

UPは、それまでの実務経験と知識を集積し、クライアントが真に求めているサービスを実現するために誕生したのである。

難易度の高い評価業務に挑戦

UPでは評価業務を基幹業務と考えている。M&Aの局面では、第三者評価書が必要となる。UPでは、上場会社、金融機関又は大企業のDES優先株評価、普通株式評価、新株予約権評価、MSCB評価、貸付金評価(単体評価・バルク評価)、営業権評価、事業価値評価、商標権評価、ブランド価値評価、知的財産権(特許権・実用新案権・意匠権)評価等に関する業務を行っている。前提条件の置き方等について時にはM&Aで問題になることから、評価者リスクも非常に高くなる。UPは、このような評価業務に果敢に挑戦しているのである。

他方、評価業務を専門とするCUP LLPを平成18年7月に立ち上げている。UPでは、マクロ分析の視点、前提条件の適合性の検証の視点から限界があると考えていた西村氏は、金融工学を駆使したクレジット評価に定評のあるクレジット・プライス・コーポレーション(以下「CPC」という)と事業提携している。CUPとは、UPとCPCと最小公倍数(CUP)を意味する。

CUPは、UPとCPCが相互にシナジー効果を発揮する器、今後の活躍が期待される組織である。

PROFILE

西村 善朗 ユナイテッド・パートナーズ会計事務所代表パートナー・税理士

1966年12月生まれ、埼玉県出身。慶應義塾大学商学部卒。
新日本アーンスト・アンド・ヤング、KPMG税理士法人を経て、現在に至る。2006年7月CPCと、評価専門会社CUP LLPを設立。

  • ・好きな言葉:「成せば成る」
  • ・趣味:テニス
  • ・著書:清文社から『DES活用の実務Q&A』、『Q&A債務の株式化の実務』、以下すべて中央経済社で、『不良債権流動化の仕組みと税務』、『投資金融商品の仕親みと税務』、『完全詳解・金融商品の税務』、『最新エクィティファイナンスの仕組みと会計・税務』、『個人金融商品の仕組みと税務』等。
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